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ご指導いただいてる先生方のご紹介



指揮をお願いしている先生方
指揮者 天沼 裕子

 東京芸術大学音楽学部作曲科卒業。旧西ドイツ、ハノーファー国立音大大学院カぺルマイスター(指揮)科修了。

1989年オーケストラ・アンサンブル金沢初代常任指揮者に就任。92年より東京ニ期会や東京室内歌劇場、静岡音楽館、水戸、藤沢オペラ、その他各地に おけるオペラを指揮。モーツァルトやヴェルディ、プッチーニを得意とする傍ら、現代オペラの初演を多く手がける。95年より文化庁の在外研修員とし てベルリン国立オペラ、バイロイト祝祭歌劇場にてバレンボイム氏の元で研修。V. フェルドブリル、F. ライトナー、R. ロイター各氏に指揮を、黛敏郎、 北村昭に作曲を師事。

 99年よりドイツ・ザクセンアンハルト州州都マグデブルグ歌劇場の指揮者となり、03年よりコンポーザー・イン・レジデンスとしても活躍する。04年 10月よりルーマニア国立放送管弦楽団首席客演指揮者。また、05年4月よりドイツ・バイエルン州立ヴュルツブルク音楽大学オペラ科音楽主任、およ び指揮科教授に就任。ますますの活躍が期待されている。また、オペラ作曲家ヴェルディの遺言により作られた音楽家老人ホーム“ラ・カーザ・ディ・ヴェ ルディ”にヒントを得、熟年音楽家の家、“ラ・カーザ・ディ・チエロ”実現を目指し、04年12月その基金を設立。そのためのコンサートも積極的に展開中。

※天沼先生には、第15回定期演奏会(1997年)以来、長きにわたってご指導をいただいております。
指揮者 森口 真司

 大阪府出身。京都大学文学部在籍中より指揮を田中良和氏に師事。1995年東京藝術大学音楽学部指揮科修士課程修了。在学中に指揮法を遠藤雅古、フランシス・トラヴィス、若杉弘、岩城宏之の各氏に師事する。1995年プラハの春国際音楽コンクール指揮部門に於いて第3位受賞(1位なし)。同時にプラハの春国際音楽祭に出演しプラハ放送交響楽団を指揮、その模様は東京FMで放送された。以降、東京フィルハーモニー交響楽団、東京都交響楽団、東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団、札幌交響楽団、仙台フィルハーモニー管弦楽団、名古屋フィルハーモニー交響楽団など全国各地のオーケストラに客演する。また2003年から2年間オーケストラ・アンサンブル金沢の専属指揮者を務め、オーストリア・ベルギー公演、邦楽とのジョイントコンサート(石川県立音楽堂委嘱作品、多田栄一作曲「時の果てまで」初演)、ほくでんコンサート(共演 森山良子)、テレビ金沢開局15周年記念演奏会(共演 崔岩光)など数多くの演奏会で成功を収める。2006年6月には定期公演を指揮した。

 吹奏楽の分野では、東京佼成ウィンドオーケストラに度々客演し、1997年サントリーホールにおける演奏はCD「吹楽V」として発売されている。1998、2001年には吹奏楽コンクール全国大会の審査員を務めた。

 近年は合唱指揮者としての活動もめざましく、2002年より東京混声合唱団コンダクター・イン・レジデンスを務めるほか、NHK交響楽団定期マーラー「復活」、東京都交響楽団「第九」、東京交響楽団「椿姫」、東京シティフィル「ドイツオペラの夕べ」などの合唱指揮者として公演の成功に貢献した。また二期会、新国立劇場を中心に60以上のオペラ公演に携わり、特に最近では二期会公演「イェヌーファ」「さまよえるオランダ人」「皇帝ティトゥスの慈悲」の合唱指揮者として絶賛され、現在日本のオペラ界に欠かすことのできない存在として極めて高い評価を受けている。東京藝術大学、くらしき作陽大学講師。
指揮者 土屋 邦雄

 土屋邦雄のおしゃべりです。

 東京生れですが、親父は静岡出身ですから、江戸っ子じゃありません。しかし、気風は、江戸っ子です。 東京芸術大学というのがあります。そこで、ヴィオラを勉強したのですが、他に、打楽器を今村征男、指揮法を渡辺暁雄、管弦楽法を 池内友次郎という、そうそうたる人達から個人指導を受けました。卒業と同時に、同校附属高校で教鞭をとり、又NHK交響楽団には 首席候補として入団しました。

 1956年、二人のドイツ人音楽家と知り合うことになったのです。一人は、当時、ドイツヴィオラ界の第一人者ウルリッヒ・コッホ、 もう一人は、いわゆる「大」がつく作曲家、パウル・ヒンデミットです。両氏はぼくのヴィオラ演奏を非常に気に入ってくれ、「ドイ ツへいけ!こないか!」と言うのです。こうして1957年渡独し、フライブルグの音楽学校でコッホに師事したのです。 ドイツに永く住みたいという気持ちは日本出発の時からもっていたのですが、ぼくの願いを知った師のコッホは、「ドイツで生活する には、オーケストラに入るのが一番だ」という考えから、なんと世界一と言われたベルリンフィルへ手紙を書いたのです。「私の弟子、 日本人クニオ・ツチヤの演奏を聴いてみてくれないか」と。1957年1月20日が試験日でした…。弾き終わったとたん全楽員のものす ごい拍手。中央に座っていた、これも「大」のつく指揮者、ヘルベルト・フォン・カラヤンが歩み寄ってきました。強く差し出されたカ ラヤンの右手を握った時、ぼくはベルリンフィルの入団を確信したのでした。この瞬間にドイツのオーケストラに初めての日本人演奏 者が誕生したのです。以後、ベルリンフィルのメンバーであると同時にべルリンバロックオーケストラの首席奏者、ソリスト、ベルリ ンフィル八重奏団などいろいろなアンサンブルに属して音楽演奏をしました。そして月日はまたたくまに経ってしまいました。2001 年7月1日のベルリン演奏会は僕の最後の出演となりました。42年5ケ月が僕のベルリンでの音楽生活でした。

 その後、年下の友人で、長年N響でヴィオラを弾いていた三原征洋くんの敷いた路線に従い、毎年日本で、指揮を含めた音楽活動を続 けていました。やっとひまになれた、と思ったのも束の間…「FAFオーケストラを“振ってみないか”」という話が持ち込まれました が、実はこのオーケストラを10年ほど前から定期的に指揮している天沼裕子さんからの提案だったのです。天沼裕子さんは現在、ド イツ、ヴェルツブルグ国立音楽大学のオペラ科主任教授であり、土屋とは長い長いつき合いがあります。天沼裕子さんとの友情を保つ ために僕は無謀にも「ja(ヤー)、うん」という返事をしてしまったのでした。FAFオーケストラとは、こういう経過をへて知り合っ たことになります。

 指揮者を見、評価することに興味をもっていた僕は、ベルリンフィル振りに来た何人かの日本人指揮者と若手の外人指揮者を眼の前に おいて、振り方の批評をよくやっていました。そのために、自分自身ある程度「棒」が振れなければいけないと考えたぼくは、常にス コアをよみ、そして有名指揮者の振りを再現してみたりしていたのです。教材になった指揮者たちはカラヤン、ベーム、カイルベルト、 ヨッフム、ロスバウト、バルビローリ、クーベリック、クリュイタンス、クライバー、シュミット=イッセルシュテットなどでした。 考えてみると指揮の勉強は、学生時代3年間、師渡邉暁雄からじっくり習ったことが基になっているようです。(しかし、指揮者になろ う、と考えたことはいちどもありませんでした。指揮の勉強は、あくまでいいヴィオラ奏者になるための手段だったのです。) ぼくは今、FAFオーケストラの皆さんに、ぼくの今まで培ってきた「音楽」を可能なかぎり提供しています。演奏する皆さんは、緊張 しながらも、楽しみを感じなから、音を響かせています。苦悩しているのは、土屋のみです。……

 本日は、FAFオーケストラと土屋の共同作業の結果が、これから皆様のところへとどくことになります。FAFオーケストラの響きをど うかお楽しみ下さい。

※第32回プログラム 指揮者紹介より(原文のまま)。


練習指導をお願いしている先生方
練習指揮 御法川雄矢(みのりかわ ゆうや)

minorikawa 1980年北海道に生まれる。10歳よりヴァイオリンを始め、1994年にヴィオラに転向する。
 1996年、桐朋女子高等学校音楽学部入学とともに指揮をはじめる。1999年、桐朋学園大学音楽学部入学。在学中より幅広い活動を行い、同年には、ロイヤルチェンバーオーケストラのメンバーとして参加する他、2000年、小松亮太ツアー「タンゴスピリット」にザ・タンギスツとして出演し、「La Trampera」のレコーディングに参加する。2001年3月には、「フランシス・プーランクの世界」(浜離宮ホール)で仮面舞踏会を指揮し、池田智之、田中雅仁らと共演する。翌2002年11月には、川口市アンサンブルリベリテ吹奏楽団を全日本吹奏楽コンクール出場に導き、“銀賞”を受賞する。また同年12月には、大学4年の若さで貞松・浜田バレエ団特別公演「くるみ割り人形(全幕)」にて関西フィルハーモニー管弦楽団を指揮し、デビューする。2003年桐朋学園大学音楽部を卒業。2005年1月、札幌商工会議所主催「くるみ割り人形(全幕)」を指揮する。同年2月、小松亮太&オルケスタティピカにて南米ツアーに参加。5月大阪国際室内楽コンクールにて弦楽四重奏の部セミファイナルに出場。9月には貞松・浜田バレエ団「眠れる森の美女(全幕)」にて大阪シンフォニカー交響楽団を指揮。12月には井上バレエ団「くるみ割り人形(全幕)」(文京シビックホール)にてロイヤルメトロポリタン管弦楽団を指揮する。これまでにロイヤルメトロポリタン管弦楽団、関西フィルハーモニー管弦楽団、大阪シンフォニカ管弦楽団、静岡交響楽団などを指揮する。
 指揮を堤俊作、ヴァイオリンを市川映子、ヴィオラを江戸純子、室内楽を青木十良、岩崎叔、各氏に師事する。現在、ロイヤルチェンバーオーケストラ、ロイヤルメトロポリタン管弦楽団、GENチェンバーオーケストラ、小松亮太オルケスタ・ティピカ、昴21弦楽四重奏のメンバーとしての他レコーディングなどスタジオミュージシャンとしてなど幅広く、積極的に活動している。
練習指揮 石毛保彦

 3歳よりバイオリンを始め兎束龍夫、大谷康子、山岡耕作、徳永二男の各氏に師事する。

 1988年信州大学医学部卒業。医学部在学中より指揮を始め、卒業後、医師として勤務する傍ら高階正光氏の元で本格的な指揮の勉強を始める。プロの指揮者になる夢を棄てきれず2000年桐朋学園大学音楽学部演奏学科に入学。指揮を黒岩英臣、飯守泰次郎、秋山和慶、湯浅勇治、R.シューマッヒャー、S.マスコンデ、I.カラブチェフスキー、バイオリンを徳永二男の各氏に師事する。

 2004年桐朋学園大学卒業。卒業後、桐朋学園オーケストラアカデミー(指揮専攻)においてさらに研鑽を積む。同年学内オーディションにおいて最優秀の成績で選ばれて桐朋学園オーケストラを指揮し好評を博す。また12月高関健指揮、桐朋学園オーケストラ特別演奏会においてバンダ指揮を務める。2005年3月チョン・ミュンフン指揮、桐朋学園オーケストラによる歌劇「カルメン」公演の副指揮者を務める。8月韓国仁川で開かれた指揮ワークショップにフルスカラーシップで参加しチョン・ミュンフン氏に師事する。

 2006年アフィニス音楽祭指揮研究員。元上野学園非常勤講師。